世界的に有名なインドの建築家ビジョイ・ジェイン氏が率いる建築集団「スタジオ・ムンバイ・アーキテクツ」。彼らがインド国外で初めて取り組んだというので話題の「LOG」が尾道にオープンする。運営する「ディスカバーリンクせとうち」の大西マネージャーのご厚意に甘えて、地元向けの内覧会に伺った。
千光寺へ向かう息の切れる階段──これが尾道らしさの一つなのだけれど──を登っていくと、お地蔵さんや古い民家が立ち並ぶ先にLOGはある。高い石垣とその周りの塀のおかげで、下からみると建物はその高度差でほとんど見えないから、階段の途中に突然現れるといったほうがいい。昭和30年代に建てられた古い鉄筋コンクリート造のアパートメントをリノベーションした、宿泊と飲食の複合施設だ。
ざっくりいうと、ここはいわゆる一般的な高級ホテルとはまったく違うラグジュアリー感をもち、大きく地域とつながり、泊まる人の奥底にある感性を刺激するという思想をもった宿泊施設だ。壁は漆喰、土間は三和土の掻き落とし左官仕上げで、材料にかつてここにあった建物の壁土を使っている。また客室は壁面を京都の黒谷和紙貼り仕上げ。これらのとても繊細な表現によって、建物の土着性のようなものをひしひしと感じることができる。設計者や施工者が土や木などという土地の素材としっかり向き合い、丁寧に手をかけてつくりあげたということが、よくわかる。誤解を恐れずに言えば、鉄筋コンクリート造の建物だけれど、内部にいる感覚は木造のお寺や古民家に近い。
客室に入ると、ここは寛ぐための空間ではないことに気づく。リビングのような場所がほとんどなく、入れ子のようになった寝室が大部分を占める。寝室の中は、和紙張りの建具から滲み入るぼんやりとした明かりで満たされ、まるで繭の中にいるような気持ちになる。そう、ここは瞑想のための空間なのだ。かろうじてリビングと呼べる場所は窓際の縁側のような空間で、ここも不透明な型板ガラスで外部と分けられているため、不定形で乳白色の入れ物の中にいるような感じがする。
大西さんが「ビジョイさんは設計のとき、視覚に頼るなということをよく言っておられました。ヴィジョンではなく、ゴースト(幽霊)やスピリット(精霊)が大切だと」と教えてくれた。たしかに客室にいると、視覚の大部分を奪われたような、空間のディテールが曖昧でつかみどころのないような感覚になった。そのため、より自分自身の内的な部分や、一緒にいる人、それからガラスの向こうの外部に、意識が向いていくような気がした。
建物全体に目を向けると、3階建ての1、2階が地域の人や観光客が自由に行き来できるパブリックな空間として設定され、大きなピロティ、レストランやバー、パーソナルなダイニングルーム、ギャラリー、部外者も使えるトイレなどとして解放されている。客室は3階にわずか6室あるのみだ。LOGではワークショップなども行い、ソフト的にも地域(外部)と積極的に繋がろうとしている。その姿勢からは、地域とともに生きていこうという決意のようなものが感じられる。
オープン後は公開されないという屋上に連れて行ってもらった。そこからは背後に千光寺山、眼前には尾道水道と市街地を一望できた。細長い海はキラキラと輝き、小型のタンカーが西へ向けて滑っていく。対岸には造船所のクレーンが立ち並び、その向こうをしまなみ海道の島々が連なっていた。さあ、ここからどのような新しい尾道らしさが生まれるのか、とても楽しみになった。